「唾液力」を高めて免疫力アップ

知って納得! 唾液が持つ素晴らしい作用

 「健康の基本は唾液から」と聞いて、ピンとこない方も多いかもしれません。しかし近年、唾液の驚くべき作用が次々と明らかになってきました。例えば、風邪やインフルエンザといった感染症の予防から、動脈硬化や認知症の予防などまで、実は唾液が関わっているのです。そんな唾液も、寒さや乾燥が続くと分泌量が減ってしまいます。まだまだ寒いこの時期、「唾液力」を高めて健やかに過ごしたいものです。

監修/神奈川歯科大学副学長・大学院研究科長 槻木(つきのき)恵一先生

私たちの健康を守る「唾液力」のヒミツとは!?

 「唾液の働き」といえば、まず思い浮かぶのは消化作用でしょう。しかし、それ以外にも唾液には私たちの健康維持に欠かせない成分がたくさん含まれ、体を守ってくれています。そんな注目すべき「唾液力」についてご紹介します。

細菌などの侵入を阻止

  唾液の働きでまず思い浮かぶのは「消化作用」。それを担っているのは、デンプンをブドウ糖に分解するアミラーゼという消化酵素です。食べ物をやわらかくしたり分解したりすることで、胃や腸での消化を助けてくれています。

 意外に見過ごされがちで重要な働きが「抗菌作用」です。唾液中にはさまざまな抗菌物質が含まれ、体内への細菌やウイルスの侵入を防いでくれています。神奈川歯科大学の槻木先生は、「抗菌物質中でも最も多く含まれているのが、IgA(アイジーエー)という成分で、異物の侵入阻止に中心的な役割を担っています」と話します。子供のころ傷口に唾をつけた経験のある方も多いと思いますが、実は理にかなっていたのですね。口内における「自浄作用」も重要です。唾液は食べ物や細菌が粘膜や歯の表面に着きにくくし、同時に洗い流す働きもしており、口内を清潔に保ってくれています。

虫歯の予防や修復も

 食後に酸性になりがちな口内を、中性に近い状態にしてくれているのも唾液です。これは「緩衝作用」と呼ばれ、虫歯のリスクを減らすことに貢献しています。

 驚くことに、唾液にはごく初期の虫歯なら修復してくれる「再石灰化作用」もあります。槻木先生は、「唾液に含まれるカルシウムやリン酸などのミネラル成分が、エナメル質の溶け出した歯の表面を元の状態に戻してくれるのです」と解説します。 さらに、口内の粘膜をさまざまな刺激から守る「保護作用」。薬物などが体内に取り込まれたとき、一部が唾液に排出されることで血中濃度を下げる「排出作用」などでも、私たちの体を守ってくれています。

 そのほか、唾液が快眠に貢献する可能性や、皮膚に作用する美容効果なども注目されています。このように、唾液の持つ多様な働き「唾液力」は、私たちの健康維持に不可欠なものとなっているのです。

唾液力低下に潜む病気の危険

感染症

 私たちの体の中で、常に細菌やウイルスの侵入リスクにさらされているのが口です。しかし、唾液中に含まれるIgAをはじめ、ラクトフェリン、ペルオキシダーゼなど多様な抗菌物質の働きによって、感染症のリスクから守られています。

 例えば、抗菌物質IgAは、外部から侵入したウイルスなどの異物に直接くっついて排除してくれるほか、免疫機能の調節などにも関わり感染予防に貢献しています(P4参照)。このため、唾液の量が減少したり、唾液中に含まれる抗菌物質の濃度が低下したりすると、感染症を予防する力が弱ってしまいます。特に冬や春先などの寒い季節は、唾液量が減ったり口内が乾燥しやすかったりする一方、感染症が猛威を振るう時期でもあるため注意が必要です。

 感染症としてよく知られているのは、風邪やインフルエンザなどの上気道感染症で、感染症の約7割を占めるといわれます。上気道感染症は、鼻から咽頭までの上気道の粘膜に細菌やウイルスが付着することで引き起こされるもの。このため、粘膜が乾燥してウイルスなどが付着しやすくなっていたり、唾液の量が低下して抗菌物質が減っていたりすると、感染のリスクが高まってしまうのです。

誤嚥性肺炎

 高齢の方に多い誤嚥性肺炎。その原因は、口内に肺炎の原因となる細菌が増えることや、物を飲み込む「嚥下機能」の衰えなどがあり、食べ物や細菌が気管に入って肺の中で炎症が起こるのです。

 このため、唾液の抗菌作用や浄化作用によって、口内を清潔に保つことが非常に重要です。ぜひ、嚥下体操などで、飲み込む力や「唾液力」を高めましょう。

歯周病

 歯周病菌自体は口内に一定数存在している常在菌ですが、不十分な歯磨きなどで口内環境が乱れると繁殖しやすくなります。

 歯周病菌にとって格好の隠れ場所が、歯と歯茎の境目に細菌が集まってできるプラーク(歯垢)。歯周病菌はそこに歯周ポケットという溝をつくり歯茎に炎症を起こします。こうなると唾液力も及ばず、悪化すると歯が抜け落ちることもあるのです。

 さらに、歯周病の怖さは全身に影響が及ぶことです。例えば、血管内に入った歯周病菌は、心筋梗塞や脳梗塞につながる動脈硬化の進行に関わると考えられています。このため、動脈硬化の原因である血管の酸化による炎症を防ぐことが大切で、唾液の抗酸化作用も重要になります。

 また、歯周病菌が産生する物質は血糖値を下げるインシュリンの働きを阻害し、糖尿病の症状を悪化させます。他にも、歯周病菌はアルツハイマー型認知症に関わるアミロイドβという物質を増やすことも、動物実験でわかってきています。

 歯磨きをしっかり行うとともに、唾液力によって歯周病菌を繁殖させないことが大切です。

 抗菌作用などさまざまな働きで、私たちを細菌やウイルスから守ってくれている唾液。しかし、風邪やインフルエンザなど感染症のリスクが高まる寒い季節は、体温が下がって唾液腺の働きが悪くなったり、血液循環が悪くなるせいで、唾液の量が減少するとともに、唾液に含まれるさまざまな成分も減少してしまいます。さらに、この季節は乾燥によって、口内の粘膜に細菌などが貼りつきやすい時期でもあります。そんなとき大事なのが、唾液腺を含め体全体を冷やさないことです。また、こまめに水分を摂ることも唾液の産生を促すために重要です。寒さや乾燥の季節こそ、唾液の量や質を高める生活を意識しましょう。