映画『おらおらでひとりいぐも』2020年11月6日(金)より全国公開

公開記念インタビュー 若竹千佐子さん(小説家)

映画化なんて夢のようにうれしいこと

 デビュー作にして文藝賞と芥川賞をダブル受賞、60万部を超える大ベストセラーとなった『おらおらでひとりいぐも』。「小説がとんでもないところに私を連れて行ってくれます」とおっしゃる若竹千佐子さんにお話を伺いました。

若竹千佐子

50年越しの夢を実現した小説

ご長男のすすめで小説講座に通い始められましたが、すすめがなければどうだったでしょう?
 「小説家になるのは子供の頃からの目標だったので、おそらくいつかは小説講座に行っていたと思います。ただ夫が亡くなってまだ間がなく、涙ながらに出かけて行ったのを覚えていますから。さすがに息子にすすめられなければ、半年くらいは家でメソメソしていたでしょうね」

ご主人は小説家という夢についてどうおっしゃっていましたか?
 「からかっていましたね。私が夜遅くまで書いているのを知っていて、『芥川賞かな、直木賞かな?』なんて。私も『そのうち小説であんたを食わすぅ』なんて答えていました。生前にそれはできませんでしたが、認めてくれていました。その夫が他界して見つけたテーマが〝喪失と再生.です。『これだ!』と心の中で発見し、いくつかの習作を経てやっと書けたのがこの小説でした」

映画では小説の特徴が見事に映像化されていますね。
 「主人公・桃子さんの脳内で繰り広げられる出来事をどう映像化するのか、興味津々でしたが、悲しみの中に笑いがあって笑いの中に悲しみがある、表裏一体という私の思いがうまく表現されていて感動しました。田中裕子さんの演技は内側に深い思いがあるというのがよくわかって素晴らしかったですし、脳内の声を、私が大好きな3人の俳優さんで擬人化されたのも大正解でした。皆さん、劇中でとてもうれしそうに笑っていますよね。あの顔がすごくよかったです」

病気でわかったことがたくさん

桃子さんの年齢を75歳とされたのは?
 「1964年秋の東京オリンピック開会式のファンファーレは、当時10歳だった私を鼓舞し、新しい世界が広がるという思いをかき立てました。そこで、あの音をきっかけに桃子さんの人生が変わるという設定を考えました。1964年に24歳と決めると、生まれは1940年。計算しやすいでしょ? だから桃子さんは私の14歳上です。でも今振り返ると、数年前の私はまだ老いの真実をわかっていませんでした。実は昨年末、病気で入院・手術を経験し、今だからこそわかったことがたくさんあります。健康なときは老後に介護を受けるのは嫌だと思っていたのに、実際その立場になってみたら感謝するのみでした。下の世話もお風呂の世話もただただありがたい。これなら年を取るのも意外と安心、介護のプロの方にお願いすれば何も思い煩うことはない、という気持ちになりました。リハビリも楽しかったですよ。理学療法士さんたちがみんな若いイケメンで(笑)。年を取ってもけっこう楽しみはあるんだなと思いました」

リタイア後にやりたいことが見つからず困っている人たちも大勢いらっしゃいますが。
 「リタイアは自分の内部の豊穣に向き合うチャンスかも。自分の中で自分を見つめてみてはいかがでしょう。桃子さんのように自分の中に大勢の自分を発見し、自分の心を友とするみたいな。何のかたちにもならないことですが、むしろかたちのないものの中に『お.』という発見があったりしますので。あとは自分に期待をかけすぎないこと。私もそのせいで、途中まで書いた小説を『こんなものじゃだめだ』と中断してしまい、ずっと発表に至りませんでした。小説講座で学んだのは、無理やりでもとにかく完成させること。完成させて初めてわかることがいっぱいありました」

コロナ禍やご病気があり、今後の作品に何か影響があると思われますか?
 「意識的にそうしなくても、やっぱり自分の経験を芯にして一つ一つのことが全部反映されていくのでしょうね、きっと。良いにつけ、悪いにつけ。そう思います」

原作本情報
「おらおらでひとりいぐも」
(河出文庫) 若竹千佐子著

新たな老いの境地を描いた感動の玄冬小説

 2017 年、第54 回文藝賞を史上最年長63歳で受賞したのに続き、翌年1 月、第158回芥川賞を受賞。「これは“ 私の物語” だ」と絶賛を浴び、60万部を超すベストセラーとなっている。老いをどのように生きるのか、普遍的な課題をテーマに、主人公・桃子さんの内なる多数の声が東北弁でリズムよく綴られているのが印象的。小説を読んでから映画を見るのがおすすめです。

わかたけ・ちさこ

1954年岩手県遠野市生まれ。地元で結婚後、30歳で上京。専業主婦の傍ら文章を書き続ける。夫が他界した後、55歳で小説講座に通い始め、63歳で『おらおらでひとりいぐも』で文藝賞を受賞し作家デビュー。最近の一番の楽しみは藤井聡太二冠の将棋を観戦すること。