1日10分、骨への衝撃で骨量を維持

いきいきと年齢を重ねる ⑤

 なぜ運動は体によいのか、東京都健康長寿医療センターと国立障害者リハビリテーションセンター研究所、シンガポール国立大学などとの共同研究チームが分子レベルで解明したのが、運動による骨への衝撃が骨細胞での炎症や老化を抑制するメカニズムでした。

「骨への衝撃」の作用を発見

 加齢性の疾患や生活習慣病と「適度な運動」の関連が深いことは、過去の疫学調査などで報告されています。また近年、多くの加齢性疾患や生活習慣病に「炎症」が関与することも明らかにされ始めています。しかし、最近まで運動の〝適度.の度合いがきちんと定義されておらず、運動の何が体によいのかほとんどわかっていませんでした。

 そうした中、私たち共同研究チームは昨年、運動で生じる骨への衝撃による、①力を感知する分子として知られるタンパク質(Cキャスas)への作用、②体の多くの組織・臓器の炎症・老化に関与するタンパク質(NF-κB エヌエフカッパビー)の活性を抑制し、骨の強度・密度を維持するメカニズム、の2つを発見しました。その結果、①Casが適度な運動の健康維持・増進効果を取り持つ〝適度な運動タンパク質.として機能すること、②運動時に体に加わる衝撃が、組織・臓器の炎症を抑え、健康維持・増進に重要であることが明らかとなりました。

重要なのは間質液の動き促進

 特に高齢者に多い骨粗鬆症は、大腿骨頚部骨折の原因になるなど、健康寿命をおびやかします。対策として運動の必要性が指摘されていましたが、なぜ運動がよいのかよくわかっていませんでした。また運動による、ほぼ全ての臓器・組織の炎症・老化の抑制効果も統計学的に明らかにされていますが、やはり生物学的な詳しい仕組みは不明でした。

 本研究の意義は、適度な運動の健康維持・炎症抑制効果を取り持つタンパク質の発見と、そのタンパク質の機能が間質液(細胞外液のうち、血液とリンパ管の中を流れるリンパ液を除く体液)の流動で制御されることの発見です。これらの操作・制御によって、骨粗鬆症や全身の臓器の機能低下の治療・予防法の開発につながる可能性があり、どんな運動をどのくらい行えば健康寿命の延伸につながるのかという課題の解決も期待できます。実際、今回の研究成果から「1日10分、運動で骨に衝撃を与えると健康維持に役立つ」ことが導き出されました。運動による骨への衝撃が骨内の間質液を流動させ、骨細胞に力学的刺激が加わって、骨細胞における炎症・老化促進タンパク質の活性を抑制、骨量維持につながるという仕組みです。Cas、NF-κB、間質液は全身のほぼ全ての組織・臓器に存在するので、骨以外の組織でも同じ仕組みが働いている可能性があります。つまり、健康維持法としての運動の重要なメカニズムの一つが「間質液の動きの促進」であり、「運動って何?」という問いへの一つの答えだといえるでしょう。

監修
宮﨑 剛

みやざき・つよし

東京都健康長寿医療センター 整形・脊椎外科部長

https://www.tmghig.jp/research/

1993年東京大学医学部卒業。同大学大学院、医学博士。米国エール大学で骨代謝研究に従事、東大病院を経て2013年より現職。人工膝関節や人工股関節の手術多数。研究では破骨細胞骨吸収メカニズムの解明が専門。